ブルームーン

今日は、ほぼ、晴れました。
ただ、気温の変化が著しく、ほのぼのとしたかと
思うと、きゅっと体が縮むような風が吹いたりと、
春の気まぐれに振り回された感じでした。


今夜は「ブルームーン」。
月が青いのではありません。
1カ月に2度目に見られる満月を「ブルームーン」と
呼ぶらしいです。めったにないことなので、
この月を見ると、幸せになるとも言われているそうです。
今年は、一月にもありました。
元日の夜と、一月三十日に確か満月だった記憶があります。
そして、今夜、やはり煌々と満月です。
まるで磨きあげられたような金色のお月さまが、
冷えた夜空にくっきりと浮かんでいました。
そんなお月さまを見ながら、幸せってなんだろうなって
ふと、考えたりもしました。


じゃんけんで負けて蛍に生まれたの   池田澄子

大好きな俳句のひとの作品です。
「シリーズ自句自解Ⅰ ベスト100」池田澄子ふらんす堂
と言う本が出たのを知って、早速買いました。
一度に読むのがもったいないので、少しずつ読んでいます。

ピーマン切って中を明るくしてあげた   池田澄子

に、こういうことを書かれています。
『こういう完全痴呆的な句をもう一度作ってみたいと
思うことがある。知性にも知識にも関係のない、
主張も見栄もない句。そんなの簡単と思うけれど、
案外出来ないものだ。(略)それにしてもこの句、
小さな親切、大きな迷惑ってとこで、世のためにも
人のためにも自分のイメージアップにもならない。
でも、何故か私らしいような気がする。』

川柳では、作品が発表された時点で、その作品は
作者の手を離れ、どう読まれようが読み手の勝手とは
よく言われることです。
それは、もちろんそうだと思います。
それでも、私自身、選をして選評を書く時、これでいいのかと
迷うこと、しばしばです。
作者の心に添った読み方をしているのかとか、
経験不足や知識不足からくる、見当違いな読みではないかと、
辞書を引いたり、インターネットで調べたりもします。
だけど、そのたびに気がつくのは、まず、作品を
味わうことだと言うことです。
あっけらかんと読んで楽しむのが、一番作者の心に
添った読みなのではないかと思うんです。


着ると暑く脱ぐと寒くてつくしんぼ   

砂糖醤油しみて鰈はさびしかろ      

椿咲くたびに逢いたくなっちゃだめ    


こういう句、書きたいけれど書けないなあ。
ため息をつきながら読んでいます。


シャボン玉どかんと割れてみなさいな   玉

勝っている水に映ったほうの月   かなえ