「連衆」 №55(冬季号)

今日は、冷え込んだ一日でした。
昼近くには、雪までちらついて。
でも、やっぱり春の雪。
積ることなく、降りながらあわあわと、
道に吸い込まれるように溶けていくのでした。



「連衆」の№55 冬季号がとっくに届いていましたが、
あれこれに紛れて、紹介が遅れていました。
今号は、川柳のことが大きく取り上げられています。
それは、前号五句選評の「おいしい俳句いただきます」
「前号五句選ア・ラ・カルト」のコーナーです。
担当は森さかえさんです。
彼は連衆きっての論客で、私ごときがあれこれ言える方では
ありませんので、ただただ、敬服して読ませていただきました。
内容は、まず、俳句と川柳の違いについてからです。
一般的に俳句と川柳の違いはその成立に由来すると
言われています。
俳句は俳諧の発句に由来するのに対して、
川柳は俳諧の平句に由来すると言うものです。
でも、森さかえさんは、もっと刺激的な持論を展開して
くださいました。
基本的には、俳人が作ったものが俳句、川柳人が作ったものが
川柳だと言うところを踏まえて、
「どーだ」の強さが俳句と川柳を分ける、と言うのです。
「どーだ」というのは、森さかえさんの敬愛する漫画家で
エッセイストの東海林さだおさんのうちたてた「どーだ」理論に
基づくものだそうです。
(確か、何かの月刊誌に掲載されていた思います)
その、どーだ度の高い句を川柳、低い句を俳句と
するものです。
ちょっと省略させてもらってすみませんが、
今回、例として連衆の川柳と俳句を比べてくださっています。


鶏頭の十四五本もありぬべし   正岡 子規

鶏頭八百本はあり再婚活動   情野 千里


ひるがほに電流かよひゐはせぬか   三橋 鷹女

朝顔が夜に咲いたら私です   笹田 かなえ


夏みかん酸っぱしいまさら純潔など   鈴木 しづ子

トマト齧ってもう処女と違うから   田中 節子


雪はしづかにゆたかにはやし屍室   石田 波郷

お日柄もよくて本日葬送す   和泉幸次郎


私なんか、こういう風に並べてもらっていいんだろうかと、
とても恐縮しました。
でも、「どーだ」度は、とてもよくわかりました。
俳句のどこか曖昧さを含んだ表現に対して、
川柳の断定のある明快な書き方を、それこそ明快に
書いてくださっています。
かなり省略しての紹介で申し訳ありません。
興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、
是非ご一読ください。



金曜日に配れなかったバレンタインのチョコレートも、
今日、全部配ることができました。
一日遅れですが、喜んでもらえたようで、まずは安心。
あとは、えんぶりがくるのを待つばかりです。


バレンタイン 十二単であいましょう   玉

チョコレート 向かって右にあるリボン   かなえ