定金冬二さん

いつか、職場のひとが「中にばっかりいないで、外を歩きなさい。
歩いて風にあたると、体にいいんだから。」と言っていたのを思い出し、
今日は所用のついでに外を歩いてみました。
確かに。
日差しは包み込むように暖かく、風もさらりと乾いていて、歩くたびに
体中の毛細血管がふわぁっと開くみたいな感じがしました。
大きな欅の下にさしかかると、てっぺんからさやさやと木の葉擦れの音がして
思わず深呼吸してしまいました。
本当に気持ちのいい一日でした。


にんげんのことばで折れている芒   定金 冬二


今、とても定金冬二さんの句が読みたくなっています。
私が定金冬二さんのお名前を始めて知ったのは新子先生の「花の結び目」です。
本当に初期のころ、むさぼるように読んだその中に、
定金冬二さんのことが書いてありました。
初めて新子先生が定金冬二さんにお会いしたのは、津山市の川柳大会で、
なんでも、外で七輪の火をパタパタうちわで煽いでいてその背中に、
ただものでないのをみたそうです。
「彼ほど川柳を熱愛しているひとを私は他に知らない。」
と書いてありました。
あの、新子先生よりも川柳を愛するひとがいたと言うことに驚きました。
その頃、そのひとの句が読みたいとずっと思っていました。
定金冬二さんの句集と言えばまず「無双」です。
実は、私も「無双」を持っていました。
と言っても本物ではありません。
川柳作家の矢本大雪さんがお持ちだった「無双」を友達の福田文音さんがコピーして
くださって、たまたま職場に製本の得意なひとがいて、それを製本してくれて、
その上、紫の布で装丁までしてくれた、この世で一冊の「無双」です。
もう、宝物のように大事に読みました。
それなのに、それも去年の地震でどこかに紛れしまったのです。
でも、倉本朝世さんが「無双」以降の句を集めて「一老人」と言う句集を出されています。
この間、朝世さんにお願いして送っていただきました。


銀紙が光る不自由な人間たち

てのひらが落ちていそうな月光よ

わたくしの通ったあとのすごい闇

人のこころの中にきっちり下駄を脱ぐ

音たてて転べ誰かがみてくれる

何かが乱舞しているさようなら


定金冬二さんとはお会いしたことはありませんが、電話でお話したことがあります。
「一枚の会」を購読したくて、あつかましくも直接ご自宅に電話をかけたのです。
青森のみずしらずの女からの電話にそれでも、定金冬二さんはちゃんと受けて
くださいました。
そのときの定金冬二さんのお声は太くていがらっぽかったですが、
声音の奥にやさしさがありました。
お住まいが、富田林という地名のイメージからかもしれませんが、電話の向こうに
林を渡る風の音を聞いたような気がしました。
後日、こういう会話もしました。
「私も句会に投句したいのですが、できますでしょうか?」
「いや、一度句会にちゃんと出てもらわなあかんな。」
さぞ、いけずうずうしいけったいな女だと思われたことでしょう。
でも、無理してでも行けばよかったと今、深く後悔しています。
定金冬二さんは、1999年10月1日にお亡くなりになりました。



ふだん着の神にだあれも気づかない   玉

うすもののかげりあつめていなくなる   かなえ